マーダーミステリー

健部 伸明

2020年12月21日

株式会社アークライト
海外ゲーム担当

ぼくとミステリとゲームと

ミステリとは、つかず離れずぐらいの距離でやってきた

 小学生になると、嬉々として図書室通いを始めた。御多分に洩れずホームズにはまった。少年文庫とかいうシリーズだったかと思う。数多の短編よりも、ワトソンとの出会いを描いた『緋色の研究』や、怪談めいた魔物が跋扈する『バスカヴィル家の犬』が印象に残っている。

 そして小学4年で買ったのが、エポック社から出ていた『名探偵』。『クルー』もしくは『クルード』という海外ボードゲームの和訳で、豪邸で起きた殺人事件の、現場と凶器と犯人を当てれば勝ちというもの。友人を家に呼ぶ、いい口実になった。

 ふつうならそこから本格推理ものに行くのだろうが、思考バズルめいた作品はあまり好みではなかった。そこで中学になるとレイモンド・チャンドラーを読み始めた。人間の内面を掘り下げるハードボイルドとの邂逅であり、友情と別離を描いた『長いお別れ』は、今でも自分のバイブルの一冊である。そこからはダシ―ル・ハメット、サラ・パレツキー、北方謙三、馳星周、原尞に流れるあたりが、なかなか偏屈者である。

 18歳で上京し、『中山美穂のトキメキハイスクール』『さんまの名探偵』『北海道連鎖殺人 オホーツクに消ゆ』『ポートピア連続殺人事件』などの攻略本の仕事をした。自身が刑事や探偵や助手になって謎を解くというのは、かなり興奮する体験だったし、攻略の過程をフローチャートに起こすのは、思考整理の勉強として今でも役に立っている。

 同じころ『シャーロック・ホームズ10の怪事件』という、ドイツ年間ゲーム大賞に輝く謎解きゲームブックが、A4サイズの大型本として出版された。地図や新聞の切り抜きなどが同梱され、実際に自分で、ヴィクトリア朝で起きた架空の事件の真相を解明せねばならない。必至に20個ぐらいのヒントから犯人をつきとめ、答え合わせをすると「ホームズは3つのヒントで解決しています」とか言われて、頭をハンマーで殴られたような衝撃を覚えた。レストレード警部は、いつもそんな気分だったのかもしれない。

 しばらくすると『弟切草』によってサウンドノベルというジャンルが始まる。続く『かまいたちの夜』『夜光虫』と順当にクリアしていく。もちろんピンクのしおりがあるものは、出すまでしつこくプレイした。さらにはマルチサイトという、複数の視点が切り替わって重層的に物語が紡ぎ出される『EVE burst error』『街』などの作品も生まれた(この流れは『ひぐらしのなく頃に』で大きなピークを迎えた)。

 このころになると『キル・ドクター・ラッキー』という、『クルー』の前日譚とでもいうべきユーモア・ボードゲームが登場する。プレイヤーは全員、博士の豪邸でのパーティに呼ばれたのだが、何らかの理由で博士を殺したくて仕方ない。ところが博士はその名のとおり、プレイヤーたちの殺害行為を、幸運な偶然で避けまくってしまう。その運も永遠には続かない。博士が運の尽きになるまで追いこんで、ついには殺したプレイヤーが勝利する。何ともシュールなコメディである。

 そんなこんなで、ミステリとは、つかず離れずぐらいの距離でやってきた。他に言及すべきは、松田優作の『探偵物語』は全話視聴しているし、『金田一少年の事件簿』は全巻読破している。

そしてマーダー・ミステリーである

 今アークライトで開発中なのが、現在テクノロジーを駆使してウェブと連携する『ディテクティヴ:シーズン1』および『クロニクル・オブ・クライム』である。もはや非電源ゲームと電源ゲームの境界線は融解しはじめている。

 そしてマーダー・ミステリーである。モアイディアスの『約束の場所へ』が初だったが、キャラになって世界に没入するだけでなく、犯人捜しを同時にする必要がある。それを複数人でおこなう。さらに犯人役もプレイヤーであり、皆を煙に巻かねばならない。なんというスリリングで贅沢、かつ頭を使う体験だろうか。人狼ゲームからプレイヤーが流れてくることが、容易に想像できた。

 友人知人もまた、一斉にマダミスやフラグメント・ミステリーを出し始めた。同じくモアイディアスの『凍てついた思念』、RAMCLEARのシド・アップダイク・シリーズ、ワンドローの『魔女の聖餐式』、まどりやの『ラブレターを出したのはだれだ?』、雲上廻廊の『修道院はどこに消えた?』、そしてディアシュピールの『六花が空を覆うとき』や『零に誠』などである。

 ミステリ好きとして、そしてゲーム開発者としてして、うかうかしていられないと焦った。そんなとき、林霄鈞と出逢った。彼は本場である中国のマダミスに詳しく、当時アークライトの海外BG制作部・次長だったぼくは、一も二もなくそのアドバイスにしたがって、出版すべき作品を選定した。そこで最初の三作として挙がったのが『純白の悪意』『漆黒の鎌鼬』『水面下の殺意』であった。

 ただしいずれも、さまざまな理由で日本人向けのアレンジが不可欠だった。そこで白羽の矢を立てたのが、ディアシュピールのかんちょーこと、かわぐちまさしである。現状2作の演出を終わらせていただき、システム面でもエンタテイメント面でも、格段に今の日本のシーンに合ったものになっていると、自信をもってお勧めできる。

 この3作のもうひとつ大きな特徴は、中国では主流である店舗公演型にしたことにある。コロナ禍で集客が厳しいゲームカフェやマダミス専門店に、再び客を呼びこみたいという想いをこめた。

 個人的には、自分が今まで経験してきた全ての体験を生かして、まだまだミステリ系のゲームの開発に携わっていきたいと思っている。たとえば、本当の意味でのハードボイルドをベースにしたマダミスなど、いかがだろう? 夢は膨らむ。期待し、応援していただけると嬉しいのだが。

 

健部 伸明