マーダーミステリー

秋口ぎぐる

2020年12月2日
シナリオライター/小説家/cosaic
「九頭竜館の殺人」「人狼村の祝祭」
「あの夏の囚人」など

「終わり」にまつわる話

 こんにちは、秋口ぎぐる(川上亮)と申します。僕は株式会社コザイクというボードゲーム出版社の代表で、現在、大阪と福岡で〈フーダニット〉という名前のマーダーミステリー専門店を共同経営しています。

2020年もそろそろ終わりということで、「終わり」にまつわる話を書かせてください。

僕はマーダーミステリーが好きです。最初に北京のボードゲーム見本市で現物に触れ、その後『王府百年』を実際にプレイして、大きな衝撃を受けました。その勢いで自分でも『九頭竜館の殺人』や『人狼村の祝祭』、『あの夏の囚人』といった作品を執筆し、パッケージ版として発売し、来年には『マーダーミステリー・オブ・ザ・デッド』という作品の発売を控えています。お店も出しているぐらいですので、おそらくこの業界でも「マーダーミステリー」というジャンルにエネルギーとおカネを投資した(あるいは気持ちよく散財した!)額はトップクラスではないでしょうか。それだけに、これまで常に「このジャンルの終わり」は意識してきました。

 僕は小説家でもあるのですが、マーダーミステリーと普通のミステリー小説(あるいは漫画、ドラマ、映画)等との最大の違いは、「キャラクター性の大部分をプレイヤーに委ねる」という点だと思っています。

 犯人が事件(殺人に限らず)を起こす動機の数には限りがあります。犯行に至る手段や隠蔽の方法についても同じです。コナンくんにしても金田一少年にしても、扱っている事件や犯人の動機についてはそれほど差違いはなくて、少なくとも同じパターンのお話はいくつか存在して、それでも各作品を別の存在たらしめている最大の要因は、やはり主人公やそれを取り巻く「キャラクターたち」だろうなと。彼ら、彼女らの個性だろうなと。極端な言い方をすれば、まったく同じ舞台設定、犯人、動機、犯行方法などが用意されていたとしても、それに巻きこまれ、解決するキャラクターたちが異なればまったく別の作品として成立する。これがいわゆる「マーダーミステリー以外のミステリーエンタメ」の特性だと僕は思っています。

ひるがえって、マーダーミステリーはどうかというと

 この「キャラクターの個性」の部分を完全に作り手がコントロールできない。もちろんプレイヤー・キャラクターの設定は千差万別なのですが、キャラクターたちは「俯瞰的に観て楽しむ」ための素材としては用意されていない。要は「まったく同じ舞台設定の作品を個性豊かなキャラクター同士の掛け合いによって差別化する」ことが難しい、ということです。それゆえ僕は、マーダーミステリーというジャンルの終わりはそれほど先ではないのではないか、という危惧を抱いていました。たとえばですが、ゾンビ物というジャンルで生みだせる作品はせいぜい3作品が限度なのではないか、すでに有名な病院モノが市場に3作品ほどある以上、新たに病院モノでそれら3作品を超えることは、あらためて作った意味があると高く評価されることは難しいのではないか、などと……。

 同様の舞台設定で作れる作品数が限られているのだとしたら、おのずとひとりのプレイヤーが飽きずにプレイできる作品数も限られてしまいます。それはつまり、すべてのプレイヤーはそれほど長い時間を経ずにマーダーミステリーというジャンルから卒業する可能性がある、ということでもあります。

 ――僕はそう考えていました。「いまは楽しくエネルギーとおカネを注ぎこんでいるけど、引き際を見誤ってはいけないな」などと思ったりしていました。

 つい最近までは。

 いまは違います。

マーダーミステリーは永遠なり!

 とまでは言いませんが、「おや、ひょっとしたら、僕が最初に考えていたよりもずっと継続性のあるジャンルかもしれないぞ」と思いはじめています。まず第一の理由としては、たとえ各舞台設定ごとの物語のパターンが限られるとしても、そもそもその「舞台設定」のパターン自体が僕が想定していたよりもずっと多く存在していること。普通、小説や映画の企画では「地味すぎる」「奇抜すぎる」「ニッチすぎる」といって敬遠されてしまうような舞台設定であったとしても、マーダーミステリーの場合は逆に「いったいどんなお話が展開されるんだろう?」と興味を持ってもらえる。第二に、僕は、マーダーミステリーはキャラクターごとの個性を出しにくいジャンルだと思っていたのですが、逆に、「すでにキャラクターが存在している版権モノとのコラボレーション」が今後増えていきそうな気配が世間に漂っていること。すでに僕もいくつか版権モノのマーダーミステリーの制作オファーをいくつか受けています。「この有名作品をマーダーミステリー化するとしたらどんな感じだろう?」といったつぶやきもよく目にするようになりました。こうした「すでに個性が成立しているキャラクターを、そのキャラクターや世界観を知っているプレイヤーがプレイして楽しむ」といったスタイルが、ひとつの方向性として確立していくなら、ジャンルの終焉はまだまだ先だろうなと……。

 まだまだマーダーミステリー業界の展開からは目が離せません。今年は己の浅はかさを理解すると共に、未来への期待を膨らませた一年でした。

 それでは皆さま、どうか良いお年を。